発達障害だと思っていたら、愛着障害だった私の話

過去のしくじりをメインに、興味のあることを綴るブログ

宇宙旅行に全然興味なかったけど、NIKKEI The STYLEの記事を読んで考えが変わった話

ペンは剣よりも強し』って本当だなぁ、と思ったこと。

 

日曜の日経は軽めな読み物が多いので、経済ニュースを何とか読み込もうと四苦八苦するおバカな私にとって箸休め的な存在で大変ありがたいのです。

 

さて、今週の『NIKKEI The STYLE』は民間企業が打ち出す宇宙旅行の特集に力を注いでいます。

 

リード文は以下のとおりです。

 

旅する宇宙船気球号

 

野球場1つ分ほどもある大きな気球。

これを使って高度30キロメートルの成層圏まで上昇し、

宇宙飛行士の気分を味わえる旅行の開発が米国で進んでいる。

訓練不要という気軽さが、これまで宇宙旅行

縁遠かった人たちをひきつける。

難関を突破した一部のエリート層に限られていた宇宙体験が、

一般の人々にも開かれようとしている。

 

この時点では(ふーん、そうなんだ)しか思わず、中を見て上記の旅行費用が800万円かかることと滞在時間が二時間しかないことを知り、(2時間で800万?たっか、興味ないわ)という感想を持ちました。

 

しかし、最後から二番目の段落を読んで(宇宙旅行最高じゃん!しばらく待てば200万円まで下がるようだし、生きてるうちに是非行ってみたい!)に考えが変わりました。こうして文章にしてみるとえらく単純な精神構造をしているな、私。

 

私の心を動かした文は以下のとおりです。

 

「厳しい環境下の宇宙事業には歴史的に国際協力の文化がある。宇宙旅行は同じ惑星にいる連帯感を強めるだろう」。神の存在と不在、領土やイデオロギーで争う無意味さ、人間は地球に生かされていること。かつて地球を眼下に見た宇宙飛行士たちは、様々な思いを抱いた。多くは生き方、思想を根源的に揺るがす体験と捉えた。

 

これを読んで、宇宙飛行士たちの気持ちと通じたような気がしたのです。

「宇宙からは国境線は見えなかった」という日本人初のスペースシャトルの宇宙飛行士

である毛利衛さんの言葉を思い出して荘厳さにちょっと涙が出ました。

 

写真を見ても、分かりやすい比較図を見てもピンと来なかったのに、文章だとすっと頭に入り、想像が膨らんだことに驚きました。

 

眼下に広がる地球は、一秒とて同じ模様を描くことはないし、双眼鏡(持ち込めるのか、使用できるのかは謎だけど)を覗けば、どんな風景が見えるのだろう。世界地図を俯瞰するような感じなのか、それとも、人ではないような万能感を味わえるのか。宇宙の暗さは、いつも見ている夜の宵闇とどれくらい違うのだろう。

 

…ああ、きっと二時間なんてあっという間だな。

 

それまで眠っていた回路が活性化したように、様々な疑問が頭をよぎりました。

また、この宇宙旅行の定員は6名で、全員日本人のはずはないから英語を勉強しなくちゃとも考えました(笑)。気が早すぎ(笑)。

 

読む人の想像力を掻き立てて、考え方を揺さぶる文章、私も書きたいなぁ。

 

【しくじり人生④】 大学デビューした結果、上手く行かなくて中退するほど追いつめられた話

一年の浪人生活を経て、東京にある私立大学の文学部に合格し、晴れて大学生となったぐみさん。実家を出て、ひとつ上の姉と23区内で二人暮らしをすることになりました。

 

新しい場所には、ぐみさんのことを知っている人は上京組を除けば誰もいません。

そこで、ぐみさんは「なりたい自分になろう」と心に決めます。

 

具体的には、

綺麗になりたい!

友達をたくさん作りたーい!

彼氏が欲しいーー!

というもので、一言で表すとリア充になりたかったわけです。

大学デビューとも言う。

 

◆ 大学デビューしたけど、立ち回り方が分からない…

髪を染め、雑誌に載っている服を着て、メイクを頑張ったら、黙っていても私の周りに人が集まるようになりました。

望んだ状況のはずなのに、実現すると怖くてたまらなかった。

 

人の輪に入りたい」と願っているにも関わらず、同じくらい「誰とも関わりたくない。放っておいて欲しい」とも考えており、真逆の想いは不可解な言動となって現れます。

 

例えば、私が顔見知り程度のAさんを笑顔で見つめています。「この人と仲良くしたい」と思っているからです。アプローチが功を奏し、Aさんが私に笑顔で話しかけてくれました。しかし、私は「はぁ?話しかけんじゃねーよ」と言わんばかりの冷たい態度を取ります。された方は梯子を外された気分になりますね。大抵の人は私に関わらなくなります。

 

なぜ自覚もなく、こんな不可解な言動を取るのか?

 

思えば、家庭の中で私に注目が集まるのは攻撃される時だけでした。そのため、誰かの目線が注がれるだけで(攻撃される!逃げなくちゃ!!)のスイッチが自動的に入ってしまい、恐怖で耳が塞がり、肩が竦んで身体は硬直します。そしてその場から早く離れることだけを考えます。そんな心理状態では話の内容を正しく理解できず、受け答えがおかしいため場がシーンとなることも頻発し、からかいの対象となるのに時間はかかりませんでした。

 

 ◆ 戸惑いしかないキャンパスライフについて

大学生になって何よりもビックリしたのは、周りの人々が卒業後の進路を踏まえて授業を選んだり、将来をしっかり考えていたことでした。

 

当時の私は、自分の未来を思い描くことが全くできませんでした。自分がフルタイムで働く姿も、結婚して家庭に入る姿も、何もかも想像出来なかった。何かを考えようとすると、頭の中が真っ白になって途轍もない恐怖だけがせり上がってくるのです。胸がすっと冷えるような、踏みしめている地面が音を立てて崩れ落ちていくような、あの恐怖に思いを馳せると今でも動悸が激しくなるほどです。

 

(直視してはいけない)本能が怯えて、考えることを放棄しました。

 

◆ 軽いイジメに遭うように…

そんな私と周囲は、当然のことながら言動が全く違いました。みんなは若い女性らしく眩しいくらい溌剌として学生生活を謳歌する一方、私は病的にマイペースで空気が読めない奴でした。

 

また、前述のとおり考えることを放棄していたので思慮が浅く、行き当たりばったりで生きており、言動が変でした。今思えば、協調性や客観性に欠け、自分の気分や都合を最優先していたからでしょう。特に何を言いたいのか不明瞭で、失笑の的になっていました。

 

実家で私の発言は軽視されたり、突如怒らせてしまうこともザラで、「自分のことを分かってもらえるよう、言葉を尽くして伝えよう」という発想がなかったからだと思います。

 

自分に注目が集まるのは攻撃される時、という行動パターンが身についていたので、話しかけられると早く会話を終わらせることだけを考えて喋っていました。不誠実極まりないですね。そんな人、イジメとまではいかなくても、からかいのターゲットになるのは火を見るより明らかでした。

 

●●だってぇ~、キャハハ!と私の発言の揚げ足取りをして仲間内ではしゃぐ女子や、それに便乗する一部の男子、といった意地悪な人種に初めて会い、どう接すればいいのか分からず曖昧な笑みを浮かべつつやり過ごしていました。

 

人間社会は残酷で、一旦そういう立場になると何をやってもダメで、「あいつには何を言ってもやってもいい」という雰囲気になります。残念ながら、こうなったら対処法はありません。その輪から離れ、次の場所ではもっと上手く立ち回れるように戦術を練るしか処方箋はないように思います。

 

◆ 人と話すのが辛くて大学に行けなくなり、一年休学したのち自主退学へ…

慣れない人付き合いに疲れてしまったこともあり、大学内で一人行動をしていました。

入学当初、友達がたくさん欲しくて手当たり次第に声を掛け、サークルに二つ入っており、顔見知りだけはたくさんいたことが当時の私にとって不幸でした。

 

キャンパスは知人だらけで、少し歩くたびに誰かと遭遇します。決まって向こうは複数、私はいつも一人で「ぐみちゃん友達いないの?」とからかわれることも、面白がるような見下すような目で見られることも苦痛になり、学校に行けなくなってしまいました。

 

追い詰められた私は、(楽になりたい)という一心で自主退学の意思を伝えるべく大学の学生課に赴きます。そこで学費の発生しない休学を勧められ、一年の猶予をもらいました。

 

しかしながら考えは変わることなく、一年後に大学を辞めました。上京して三年目の梅雨のことでした。

 

ところで、親に「人間関係に馴染めなくて辛いから大学を辞めたい」と打ち明けたところ、「金が厳しいから正直助かる」と父は言い、母は黙っていました。とても悲しかったのを覚えています。大学中退が私の人生にどんな影響を及ぼすか、なんて彼らにとってはどうでもいいことなんだと思えたから。

 

けれども、苦しい家計の中から学費を出して上京させてくれたんだから、感謝しなくちゃいけないと今は思っています。

 

振り返ると、小学生の時点で心の成長が止まっていたんだろうなぁ。依存心が強くて自主的な行動は一切なく、周りに自分の身勝手な期待を押し付けていました。とはいっても、大学生の私にアドバイスできることは何もないや…。未熟すぎて話にならない。

 

小学生の私にアドバイスできるとしたら、「習い事で武道を始め、礼儀作法を教えてもらい家庭以外に居場所を作り、小学校を卒業したら、寮のある学校に入って実家から離れることだけを考えて」と言いたい。

まぁ無理ですけどね。外見至上主義でスリムで美しい女性が好きな父は、「体がごつくなる」という理由でスポーツ系の習い事に反対していたから。子どもの頃、父が大学生までやっていた柔道を「私もやりたい」と言ったら上記の理由で却下されたことだけはちょっと恨んでいる。

 

2017年春アニメで一番面白いのは、「ノーゲーム・ノーライフ」(再)

再放送じゃん!

けど、一番楽しみにしているのは本当だから、私の中では間違っちゃいません。

 

◆ あらすじ(公式サイトから引用)

ニートでヒキコモリ……。だがネット上では『  』(くうはく)の名で無敗を誇る天才ゲーマー兄妹・空(ソラ)と白(シロ)。ただの都市伝説とまで言われるほどの常識外れな腕前を持った空と白の前に、ある日”神”を名乗る少年・テトが現れる。

テトはリアルをクソゲーと呼ぶ空と白の二人を異世界へと召喚してしまう。そこは一切の争いが禁じられ、全てがゲームで決まる世界だった!異世界に住まう十六の種族の中で最弱の人類種(イマニティ)。他種族に国土の大部分を奪われ、滅亡寸前に追い込まれている人類種を救うため、空と白は空前絶後の頭脳バトルに挑む!

 

あらすじ読むだけですごいワクワクします。

マイライフは挫折だらけなので、主人公が自分の力で人生を切り開く系の話が大好物だからです(たくましさに自分を重ねて見ているんだろうなと思う)。

その主人公がチート級に強いと最高です(自分が凡人なのは分かっているので純粋に憧れでしょう)。

 

そういった意味で、「ノーゲーム・ノーライフ」は私の嗜好にクリティカルヒットするのです。

 

7月15日公開の、前日譚である映画が楽しみで仕方ありません。

 

昨日、最終回を観ました。二期を感じさせる終わり方でしたが、アニメと映画の間に三年の隔たりがあるため、ちょっと時間がかかるかもしれませんね。

 

原作未読、映画の前情報を全く持たない身で思ったのは、空と白って似すぎてて、元はひとりの人間だったのでは、ということです。けれど、最終回で見た映画の予告に『俺たちがひとりの人間だったら』という独白があり、考えが変わりました。映画の主人公たちは、空と白の前世なんでしょうか。

そうだとしたら、『ふたりで空白』と自称するように現世で願いが叶い、前世では出来なかった、種族の統一という困難に挑戦しようとしているのかもしれません。

 

そうすると、空と白が異世界に呼ばれたのは偶然でもなんでもない、ただの必然で、神話の続きですよね。スケールの大きさに心が躍ります!

カウンセリングで判明した、自己完結してしまう理由が想像以上にバカバカしかった件

先日、久しぶりにカウンセリングを受けてきました。

 

90分ただ話をするだけで薬の処方はありませんが、すごくすっきりします。自分に合ったカウンセラーを見つけるのって大切だなぁとしみじみと思います。定期的に歯医者へ通うように、メンタルのケアも必要ですね。

 

◆ 何を相談したの?

 

契約社員になったアルバイトの女性が妬ましくてイライラするよう

 

② 現在の派遣先を三年上限まで勤め上げたら独立したいよう。でも、何をすればいいか分からないよう

 

③ 子どもが欲しいから結婚したいけど、独立もしたい。自分の年齢を考えると出産を優先した方が良さそう。二兎を追うものは一兎をも得ず、というし、結婚か独立のどっちかを選択しなくちゃいけない。嫌だよう。そもそも結婚が怖いよう。ひとりで感じる孤独より、ふたりで感じる孤独の方がよっぽど辛い。同棲していた頃に感じた空しさを繰り返すのかと思うと怖いよう

 

◆ 私の行動を縛っていた思い込みは何だろう?

話している中でぽこん、と浮かんだ疑問は「どうして私は自己完結してしまうのだろう?」ということでした。

 

先生の力を借りて深掘りをしていくと、見つかった思い込みは、「私は自分ひとりで何でもやりたい。なぜならば、生意気だと怒られるからだ」でした。

 

非理論的なのは明白なんだけど、これが無意識下で私の法律として君臨していたのです。

 

子どもの頃、何を言ってもやっても「お前は我が強い」と親を怒らせてしまい、何が正解か分かりませんでした。そのため「何をやっても怒られるんなら、自分のやりたいようにやろう」と決めたことを思い出しました。病的なマイペースも自分本位も、これが原因でしょう。気付いたら楽になれました。

 

◆ これまで疑問だった自分の不思議な言動に納得がいった

 

初対面では人見知りしないのに、会う回数を重ねると人見知りするようになる

⇒初対面の人間に「生意気だ!」と怒り出すクレイジーな人はそういないから安心して喋れるのでしょう。しかし、繰り返し会うことで私のことが分かれば、「こいつとは合わない」とバッサリ切られるかもしれない、と怯えていたようです

 

・誰かが私の話に耳を傾けることが怖くてたまらない。早く終わらせたくて不親切な話し方をしてしまい、不興を買う

⇒大勢であればあるほど恐怖。だって私の話を聞けば、みんな「生意気だ!」と怒り出すんだから私に意見を求めないで、と本気で思っていたようです。

 

私のことを嫌いになりそうな人が苦手

⇒どんな人か一言でいうと、厳しい人っす。彼らはマナー違反にうるさいから、無礼な態度を取れば一発NGです。私は人を怒らせるから、関わりたくねぇ~!お願い、話しかけないで!と本気で思っていました。

 

カウンセリングの結果、相談内容①は薄れ、②については物書きになりたいなぁと思うようになりました。③は曖昧なままです。気持ちの整理がついたら、また受けようと思います。

節約効果の高い自炊をしないのはもったいない。簡単に作れる手抜きレシピってありがたい

時間とお金の節約のため、一人の時の食事は自炊しています。

 

浮いた時間とお金を自己投資に回したいからです。

何も持っていない私の資産は自分しかないので、価値を作りたいわけです。

 

一人暮らしの自炊は、冷凍が基本です。

冷凍食品はあまり買わず、冷凍庫は自作の料理でパンパンです。

 

母から受け継いだ味はほとんどなく、レパートリーは料理本から学びました。

彼女から教わったのは、えのきの味噌汁に溶き卵を落としたものと、酢の物に缶詰の蜜柑を入れることくらいですかね。

 

我が母は大層な偏食家で、ハンバーグ以外のお肉が食べられません。自分が嫌いなものは食卓に乗せないという頑固っぷりで、食卓に肉料理が並ぶのは月に数えるほどしかありませんでした。だから、高校生になって友達と初めて牛丼チェーン店に行った時は美味しさにビックリしたのを覚えています。それを人に話すと「嘘だー」と信じてもらえないんだけどね。それだけ、うちの母って変なんだなぁと思います。

 

話は逸れましたが、よく作る手抜き料理の品目を備忘録代わりに記載します。

 

◆ 簡単料理一覧

・鮭のホイル包み

・豚バラ肉ともやしとキャベツをレンジ加熱し、ケチャップとウスターソースを混ぜたタレで頂く名もなき料理

・豚ひき肉とトマトを炒め、ナンプラーと砂糖で味付けしたもの。にんにく、パクチーがあるともっと美味しい

・トマト缶、ツナ缶、にんにく、粉チーズ、フライドオニオン、バジル、砂糖をボウルに入れて混ぜたら、ラップをせずにレンジで10分加熱。かき混ぜたら更に10分加熱。ドロッドロのトマトソースの出来上がり~

・オーブンシートに鱈を乗せ、みじん切りしたネギとハム、ごま油と胡椒をかけてラップをしてレンジで2分加熱

 

一番手軽な瞑想方法は散歩だと思う

週末の習慣のひとつは「散歩」で、二時間くらい近所を徘徊しています。

 

日常で深堀りしたい疑問をストックしておき、てくてく歩きながら思考を巡らすと前向きな答えが見つかるからです。

 

深堀りの仕方は、ひたすら「なぜだろう?」を問いかけること。

この方法には、 いくつかコツがあるのです。

 

音楽は聞かない(思索に集中するため)

出来れば手ぶらで(上に同じ)

目線は上に固定する(目線が下に向くとネガティブ思考になりやすいから)

 

これからは日差しが強くなるので、UV対策が必須です。

人って太陽の光を浴びると老化するそうですね。外見至上主義の父に反発して「他人の美醜などどうでもいい」と考えはしても、自分の容姿の衰えを受け入れることは怖いので日焼け止めをせっせと塗っています。

 

ところで、がっちりUV対策をすると、ダサくなるのが嫌なのです。

CA4LAで購入した、一点物の高価なストローハットもコーディネート次第で一気に野暮ったくなって悲しくなります。頭大きいから自分に似合う帽子を見つけるのも一苦労なんですよ。トホホ…

 

スタイリッシュにUV対策が出来るグッズを作れば売れそうだなと今思いました。具体的なアイディアは全然ないけど。

【しくじり人生③】 貴重な3年間を無気力に過ごし、何者にもなれなかった高校時代

家から近い、第一志望の公立高校に無事に合格し、晴れて高校生となった十数年前のぐみちゃん。

 

悲しいことに、びっくりするくらい何の思い出もありません。部活は幽霊部員だったし、夏休みのような長期休暇は誰とも遊びに出掛けず、引きこもって同じテレビゲームばかりしていたし、一番盛り上がるはずの三年の文化祭は参加せずに帰宅しました。

 

既に私の中に根を張っていたインナーチャイルドにエネルギーを吸い取られていたため異常に無気力で、何をする気にもなれませんでした。

また、機能不全家庭仕込みの言動のヤバさで、虐められることはなかったけど微妙に嫌われていました。可哀想だけど自業自得ですね…。

 

◆ 花のJK時代の奇行一覧

 

① 女子を外見でえり好みするクラスメイト(男子)の悪口を本人の後ろでいけしゃあしゃあと喋る

 

聞かせるつもりで話しているわけではありません。

 

『それを聞いて相手がどう思うか』という共感力に欠けていたこと、『私の発言なんて誰も聞いてないんだから、これぐらいいいだろう』という謎の甘えがあったように思います。

自分が家族にされていたことで、人にやってはいけないことだという認識がありませんでした。また、外見至上主義の父への怒りをぶつけていた気がします。

あの時は本当にごめん。二度とこんなことはしないので許してください。

 

② ①のことなどなかったように同じ男子に笑顔で話しかける

 

言動に一貫性がなく、相当気持ち悪いですね。案の定「この女、頭おかしい」と言われていました。聞こえる距離で悪口を言っておきながら、何事もなかったかのように笑顔で話しかけるのはうちの家族の常套手段だった、というのは言い訳にならないけど、あの時は本当にごめん。

 

気に入らないことがあると、友達を無視する。

 

これは家族、特に母親にされていたことです。陰湿なことに、相手を選んでやるからタチが悪かったです。根性ひん曲がってますね。それで数時間後「ごめんね」と謝るまでが1セットでした。謝るくらいなら最初からするなよ、バカ。

 

ところが、「何で私こんなことしちゃうんだろう」と自分を責めることはありませんでした。

深く考えてしまうと『家族にとって私はいらない子。だから何をしても無駄』という当時の私にとっての事実と向き合ってしまうため無意識下でブレーキを踏んでいたのでしょう。見たくないものは見ないスタンスです。

 

④ 周囲の人を見下す

 

それは言動にも表れ、友達に『●●は相変わらずバカそうだねー』と唐突に話しかけることもしばしば。それを聞いたクラスメイトに『友達にそれは酷いよ』と咎められ、ムカついて無視しました。

 

これは母が周囲の人を馬鹿にしていたことが原因でしょう。母の真似をして誰かをこき下ろす(特に父)と彼女はとても喜びます。嬉しくなって繰り返すうちに習慣になっていました。当然のことながら、現在この癖はありません。

 

◆ 嫌われ者の悩み

JKだった私、性格悪すぎだろ…。

書いてて頭痛くなってきました。今も当時の仲間で集まることがあったら、私の話が出ることでしょう。だってマジで頭おかしいもん。よくイジメに遭わなかったなと思います。みんなの人柄が良かったのか、私がクレイジーすぎて関わりたくなかったのか。

 

さて、こんな謎生物のぐみちゃんには、誰にも言えない悩みがありました。

それは『大人になった自分が想像できない』ことです。将来の私がどんな仕事をして食べていくのかを考えると、地面が崩れて何もない場所に放り出される、というイメージが湧き、恐怖からそれ以上の思考を放棄してしまうのです。

そんなんだから、得意だった勉強も身が入らず、成績はズルズルと下がっていきました。

 

◆ 子どもに養って欲しい、と考える親はどれくらいいるのだろう?

当時は薬学部を志望していました。

 

なぜならば、『薬剤師は儲かるから』という理由で母が希望していたからです。

彼女は、大嫌いな夫の元を離れて娘に養ってもらうことを強く望んでいました。

 

また、父も『将来金持ちになって俺を養ってくれ』と良く言っていました。

 

子どもにぶらさがるんじゃなく、自立することを考えろよ、バーロー!と今なら言えますが、親に愛されたいぐみちゃんです。彼らの期待に応えたい。けれども、自分のやりたいことではないし、適性がないから勉強しても頭に入りません。

 

そもそも、家族の理不尽な攻撃から身を守ることばかり考えていたぐみちゃんに、自分の未来を思い描く余力などあるわけがありません。将来に思いを馳せたときの漠然とした恐怖の正体は、(私はちゃんとした大人になれるのだろうか)という不安だったと思います。

 

自分の家族がおかしいことに気付いていたけど、彼らに働きかけることはしませんでした。自分は変えられても、他人は変えられないと分かっていたから。生きるために自分の価値観を歪め、異様で過酷な環境に適応しました。

 

親の希望とはいえ、明らかに適性のない学部へ進学することはどうしても嫌でした。三年の冬に「本を読むのが好きだから、文学部に行きたい!」と幼い主張をし、むりやり進路変更をしました。

 

とはいっても、将来の夢がないため勉強に身が入らず、受験した三校は全滅しました。卒業式の日に慌てて二次募集の試験を受けるも、見事不合格(なお、後日渡された卒業アルバムのメッセージ欄は真っ白でした。人望のなさに泣けてきます)。

 

高校卒業後、浪人生として一年間予備校に通うことになりました。

うちの親って教育費だけは惜しまなかったんですよね。それは感謝しています。

 

その事実をつい最近まで『高給取りになった娘に養ってもらうための先行投資』だと捉えていましたが、実際はどうなのか分からなくなって来ました。

 

ぐみが望む環境を与えてあげたい」という親心だった可能性もありますよね。これほどまでに両親、特に父への思いをこじらせているのは、冠婚葬祭以外で父と会った回数が10数年のうち、片手に収まる程度だからかもしれません。年に一回、お正月に帰省をすると父は自分の実家に行っていて話すらしないから当然か…。寂しいですねぇ。